2023年間ベストアルバム50

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今年もこの季節になりました。2023年はこれをやらなきゃ終われないということで、一足早いですが俺の年間ベストを発表します。去年は20作品でしたが、今年は50作品あります。それではやっていきましょう。

 

50. Young Fathers / Heavy Heavy

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世界の何処を探しても痕跡は無いけど、でも確かに存在する原住民族が樹海の奥深くで怪しげな儀式を小気味よく踊りながら執り行ってるのを眺めてるような、そんな感覚を覚える。色々な楽器が鳴ってるのに妙に音に迫力が無いのが逆に怪しさを際立たせてるんだけれども、そこに儀式を眺めてる者を追い出すような警戒心はなく、「お前もこっちに来い、共に楽しもう」と一緒に引き込んでくれるような愛嬌の良さがあります。ヒップホップ、ゴスペル、R&Bなどのブラックミュージックの最も美味い妙味が凝縮された佳作。

 

49. Ragana / Disolation's Flower

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カリフォルニア出身の女性ブラックメタルデュオ。ブラックメタルとは言っても轟音トレモロを聴かせるというよりは、ある種シューゲイザーにも通じるディストーションギターの空間的で浮遊感のあるトリッピーなサウンドが特徴。血管がはち切れる絶叫と穏やかなクリーンを効果的に使い分けるヴォーカリゼーションも素晴らしい。絶望的なまでの死の匂いとそれでも生を希求する祈りが痛ましいほどに響く。Pitchforkでも高評価を獲得した作品です。

 

48. Paramore / This Is Why

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アメリカ・テネシー出身のロックバンドによる6thアルバム。アート・ギター・ポップとも言うような作風でかつての王道ポップパンクサウンドは希薄になったが、そのキャッチーなメロディセンスとフロントマンHaylay Williamsのコケティッシュなカリスマ性は微塵も損なわれていない。前半のガレージロック風に疾走する流れも好きだが、5曲目の「Big Man, Little Dignity」や最後の3曲「Liar」「Crave」「Thick Skull」などのようなゆったりめの曲がバンドの成熟を感じられて特に好きです。

 

47. Galileo Galilei / Be and the Whales

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北海道出身4人組ロックバンドの7年ぶり5thアルバム。自分はこのアルバムがガリレオ初聴きだったのだが、海外インディーロック/ポップからの影響を咀嚼したというよりは、真っ当かつ高品質なJ-Pock•Popアルバムだなという印象を持った。伸びやかでハイトーンなボーカル尾崎の歌唱スタイルは近年J-Rockの王道感があるし、恋愛を取り扱う際の若干鼻に付く感じの歌詞もそう。どの曲も煌びやかなまでにポップでいて、それを歌うことに対する喜びが全体に横溢している。自分にはその逆張らない清々しい姿勢が好ましく映る。

 

46. カネコアヤノ / タオルケットは穏やかな

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神奈川県横浜市出身のシンガーソングライターによる6thアルバム。バンド形態で共同生活をしながら曲作りを行なったという本作は、骨組み自体はシンプルなロックではあるのだけど単調というわけではなく、あらゆる場面場面にノイジーかつ攻撃的な意匠を施すことにより総体としてはシンプルでありながらも極めてオルタナティヴな作品となっているように思う。カネコアヤノの歌は曲の1フレーズ毎に強弱を微妙に変えながら展開され、繊細性と大胆さが同居するその抑揚表現の巧みさに痺れる。音楽性もアティテュードも異なるが、カネコアヤノの放つ独特の存在感とオルタナティヴな佇まいに俺はCoccoの面影を見てしまう。

 

45. Jane Remover / Census Designated

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全体を覆う静かで冷ややかなアンビエンスとノイズが吹き荒れる瀑布の如きサウンドとのアンビバレンス。今年のParannoul新作とも共振する20年代的ポストシューゲイザーの良作。

 

44. Model/Actriz / Dogsbody

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アメリカ・ニューヨーク拠点のエクスペリメンタルロックバンドによるデビュー作。無機質なインダストリアルビートにニューメタル的なディストーションギターが暴れるラウドな要素が特徴的なのですが、後半2曲のような穏やかな展開の曲も素晴らしい。Show Me the BodyやGirl Bandが昨年インダストリアルを取り入れた良作を生み出すなど、この手のジャンルがUSUKのアンダーグラウンド中心に活性化して来てるのが嬉しい。

 

43. Kim Dracula / A Gradual Decline In Morale 

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オーストラリア・タスマニア出身のシンガーソングライター兼ラッパー。100 gecsとBring Me The Horizon成分をデスコア/トラップメタル由来の異常な情報密度で再編集・強化した感じのアグレッシブな内容。ダークパープル色に染めた頭髪にメイクを施した強烈なビジュアルはThe Cureロバート・スミスや、日本のヴィジュアル系などのゴス・カルチャーと通じる要素も感じる。1曲の中に様々な要素をシームレスに繋げる手法は日本のYOASOBIと共鳴する部分がある。

 

42. To The Grave / Director's Cuts

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オーストラリア出身のデスコアバンドによる3rdアルバム。インダストリアルメタル〜ニューメタルコアの相性の良さは2020年にCode Orangeが『Underneath』で示したようにこれら両ジャンルは蜜月の関係を築いて発展してきたわけですが、To The Graveはそこに自らの出自を示すデスコア流の強力なアグレッションを過剰なまでに注ぎ込み破壊力抜群のサウンドを生み出す事に成功している。去年のLorna Shore『Pain Remains』の流麗な展開やギターソロの導入など積極的に参照にしている点も見受けられデスコアというジャンルをより越境的に進歩させようという野心を感じます。

 

41. 幽体コミュニケーションズ / 巡礼する季語

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2019年京都で結成された3人組。フォークやヒップホップをベースにアンビエントドラムンベースなどの要素が調律と断絶のあわいをインターネット的コラージュ感覚の元ミニマルに横断するような音楽性が特徴。男女混声ボーカルが淡いフォークサウンドに乗せて幽玄に響く「光の波間で息継ぎして」、アンビエントコラージュともいうべき自然音と生音がぶつ切りになった音像が印象的な「雨集」など、どの曲を取ってみても陽炎が揺らめいているような霞がかった非日常感を感じさせる。音楽とは何も現実に対面するための武器ではなく、非日常を味わえる特別な逃避先としても機能するということを彼彼女達は本作で暗示しているかのよう。

 

40. 女王蜂 / 十二次元

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バンドのフロントマンでありボーカル薔薇園アヴちゃんの演歌、歌謡からの影響を感じさせる和を強調した歌い回しに、ディスコ、ヒップホップ、ダンスポップなどを混ぜ合わせた和洋折衷的美学を貫くオルタナティヴなスタイルが特徴的。アルバムの構成も見事で、ラップ調の静かな開幕曲「油」からドラマティックな「犬姫」へと性急に雪崩れ込んでいき、独白調のアカペラ「長台詞」から1から12までの数字からそれぞれ韻を合わせた言葉を嵌め込んでいく表題曲「十二次元」まで、まるで一本の壮大なミュージカルを見ているかのような気分になる。アルバム単位ではなく曲単位で聴かれがちな時代に徹頭徹尾「アルバム」で聴かせることに努力した姿勢は今の時代だからこそ最大限に評価されるべきものだと思います。

 

39. pavilion / Moonsault

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神奈川の大学で結成され現在は東京を中心に活動する4人組ロックバンドのデビューアルバム。w.o.d.的な破壊力のあるグランジサウンドに初期ゆらゆら帝国のザラついたガレージロック、煙るストーナーサウンドが中毒性を醸し出す曲展開などが持ち味。前半は過激に疾走し、後半は重めで浸らせる長尺曲を並べたアルバム構成も飽きずに楽しめて素晴らしい。俺が今年の新譜の中でも特に推してるアルバムの1枚です。

 

38. Mckinley Dixon / Beloved! Paradise! Jazz!?

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バージニア州リッチモンド出身のラッパーによる2年ぶり4作目。オールドスクール系のジャジーな香り立つトラック、流れるように刻むスキルフルなフロウ、キャッチーなフック、曲を引き立てる客演、全ての要素が俺がヒップホップに求めるツボを抑えまくっててとにかく全編カッコいい。10曲29分ともう少し聴きたい感もあるもののこの尺の短さが逆に何度も繰り返せるバランスになっていて良いかも。

 

37. RAY / Camellia

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5人組女性アイドルグループの3rdアルバム。アイドルカルチャーとこれまで関わりの薄かった異分野を積極的に取り込むというコンセプトに裏打ちされた音楽性は、シューゲイザーエレクトロニカなどを主体とした未知であり新感覚のアイドル音楽像を提示している。甘酸っぱいポップネスが弾ける「秘密がいたいよ」、無機質なインダストリアルノイズの中に低熱なポップ成分を滲ませる「KAMONE」、アイドルとDeftonesが逢瀬した「読書日記」など、アイドル由来の愛らしさや親しみやすさと非アイドル文脈の語彙が違和感なく同居しており、これが令和のアイドルなのかと唸らせられる。

 

36. 乙女絵画 / 川

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北海道・札幌の5人組による1stアルバム。言葉数の少ない繊細かつ色彩豊かな美しい歌詞世界、60年代の演歌歌手を思わせる歌唱、川のせせらぎにも似た穏やかで静謐な展開から、溢れんばかりの滝の流れが強く押し寄せてくるかのような轟音へと転換するサウンドスタイルに、俺は美空ひばりmy bloody valentineの国境と時空を超えた逢瀬を見る。彼らの奏でる轟音は荒々しさや喧騒から離れて、透き通るほどの清涼感を伴って心を鎮めてくれる。穏やかなせせらぎと激しい氾濫、この作品はまさしく川そのものなのだ。

 

35. Paris Texas / MID AIR

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アメリカ・カリフォルニア出身のヒップホップデュオによるデビュー作。パンクやインダストリアルからトラップまで、彼らの作り出すトラックはとにかく自由で遊び心があり、そしてメロウネスな響きがある。それは両者のラップにも言えることで、「NüWhip」「PANIC!!!」ではアルコールをへべれけになるまで浴びたかのようにフリーキーなフロウを聴かせたかと思いきや、最後の2曲「Ain't No High」「…We Fall」は全てのものを優しく包むような温かさがある。薬物のオーバードーズや家庭内不和、自傷といった海を超えた問題ではなく今もすぐ隣に存在する生活の問題にコンシャスする姿勢も特徴的だ。

 

34. Black Honey / A Fistful of Peaches

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イギリス・ブライトンにて結成された4人組ロックバンドによる3rdアルバム。シューゲイザー/ノイズポップを基調にヒップホップや打ち込み要素を導入しつつ全体的な手触りは瑞々しいギターロック。女性ボーカルのイジー・フィリップスの甘美でエバーグリーンな声色に、ノイジーな爆音が覆い被さるサウンドは去年のAlvvays"Blue Rev"とも共鳴する。美しさと激しさが弾けるほど甘い。

 

33. Gravesend / Gowanus Death Stomp

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アメリカ・ニューヨーク出身のメタルバンドによる2ndアルバム。2020年結成。初期デスメタルの荒々しくスラッシーな勢いのあるリフにブラックメタル譲りの流麗というよりは邪悪という表現が似合うトレモロリフ、それらを支える重く響くブラストビートなどがグラインドコア並みの突進力とスピード感で駆け抜ける。テクニカルな側面もあるが、それよりは若々しい勢いと爆発力でもって攻め立てるその凶悪かつ強靭なサウンドに惚れ惚れしてしまう。

 

32. Tinashe / BB/ANG3L

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アメリカ・ケンタッキー出身のシンガーソングライターによる6thアルバム。自分はこの作品を聴いていると癒される。それはBPMの落ち着いたシンセポップ、トリップホップアンビエントR&Bなどを咀嚼したトラックの心地良さもあるのだけど、何より彼女自身から発せられる「声」それ自体に抗えない魅力を感じる。低音の甘い囁きから、スモーキーなウィスパーボイス、高音の美しく伸びるファルセットまで、とにかく彼女の声は耳朶から直接脳にまで伸び、副交感神経を優しく撫でられ全身をまるごとデトックスされた気持ちになる。もしかしたら俺はTinasheをASMR扱いしてるのかもしれない。そういう音楽の聴き方もありだよね?

 

31. Swami Sound / Back In the Day

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ニューヨーク・ブロンクスを拠点に活動するDJ・プロデューサーのデビュー作。普段からダンスミュージックを習慣的に聴いてるわけじゃない俺でもこのアルバムは一聴しただけで無条件に好きになった。深夜の首都高、ビルの屋上から煌びやかなイルミネーションを覗かせる都市の夜景といった情景がありありと脳裏に呼び起こされる都会的かつ陶酔感に満ちたサウンド、そして仄かなソウルフレーバーを漂わせる“NYCガラージ“と本人が自称する音楽はこのようなものかと大きな納得感を得た。

 

30. Strange Ranger / Pure Music 

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今年惜しくも解散を発表したアメリカ・オレゴンのインディーロックバンドの通算4枚目(Strange Ranger名義としては3枚目)70年代末期〜80年代初期辺りの薄暗いポストパンクからゴシックロック、Cocteau Twinsを思わせるドリームポップに色鮮やかかつ硬質な電子音響で彩られた作品。男女ツインボーカルスタイルなのですが、出番は多くないとはいえFiona Woodmanの陰鬱かつ神秘的な声色はKate Bush、Beth Gibbons(Portishead)、Elizabth Fraser(Cocteau Twins)らの濃密なフィメール・ゴスの系譜を感じて大好きです。

 

29. Spark!!Sound!!Show!! / 音樂

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大阪出身の4人組ミクスチャーロックバンド。最初バンドのアー写を見た時hideそっくりな見た目の人がいると思ったら音楽性もhideとDragon Ashをそのまま足して2で割ったような感じでそのどちらも好きな俺は速攻でハートを射抜かれた。政治や社会への不満、怒りをインダストリアルメタル、ヒップホップ、EDMなトラックに乗せて包み隠さずブチまけるそのハードコア精神も好きだ。

 

28. Fawn Limbs & Nadja / Vestigial Spectra 

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アメリカ・ペンシルバニア出身のマスコア・グラインドコアバンドと、カナダ・トロント出身のドローン・ポストメタルデュオによる共作アルバム。開幕のインスト曲から世界崩壊後の倒壊したビル群、朽ち果てた街道、その中を幽鬼や死人、亡霊と言った魑魅魍魎が跋扈している漆黒の情景が脳裏に呼び起こされる。グラインドコアのフィジカル性の高い突進力、破壊力のある鈍重なデス・ドゥーム、脳味噌にこびり付くようなノイズが終始持続するドローンメタル、世界全てを白煙で染め上げるスラッジ、ディストーションギターが織りなす薄気味の悪いアンビエンス、静と動を悲しげに行き来するポストメタルなど、それら全ての要素を夥しいほどの瘴気が立ち籠めるアトモスフェリックな音像で統一している。ヘヴィメタルのジャンルの中でもとりわけアンダーグラウンドかつ先鋭的な内容ですが、両バンドの個性が衝突してぶつかり合うのではなく、それぞれの良さを溶け合わせ完璧な結合を見せたという意味で理想のコラボレーション形態を果たしたアルバム。Full of Hellが好きな方も楽しめるかと。

 

27. boygenius / the record

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アメリカのシンガーソングライター、Jurien Baker・Phoebe Bridgers・Lucy Dacusの3名によるスーパーグループのデビュー1st。3人のそれぞれの声色の特色を活かした美しいハーモニーワークとフォークを基調にした躍動感と繊細性が共存するサウンドが武器。凍えるようなフォークサウンドに灯火のような温もりを感じさせるコーラスが特徴的な「Emily I'm Sorry」、躍動感のある華麗なボーカルリレーがアンセミックな「Not Strong Enough」、アンビエンスな静けさと共に優しい気持ちを吹き込むようなコーラスで最後を彩る「Letter To An Old Poet」など三者の個性の溶け合いが目を見張る楽曲が多い。今後の活動も楽しみです。

 

26. Lou Garcia / KARUMA

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ブラジルのシンガーソングライター。近年のCharli XCXやCaroline PolachekらのフェミニンなUSシンセポップシーンとも共鳴しつつ、ヒップホップやR&Bをも果敢に取り入れたブラジリアンポップ作品。Lou Garciaのスモーキーかつ透明感のある歌声は、ラップやバラードまで歌いこなす確かな表現力と愛嬌の良さを振り撒くコケティッシュな魅力とを全11曲26分というジェットコースター的速度で堪能できる。

 

25. Madison Beer / Silence Between Songs 

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ニューヨーク・ロングアイランド出身のシンガーソングライターによる2ndアルバム。カントリーやソフトロックなど60sポップミュージックへの憧憬が垣間見えるシンプルなサウンドに憂いを帯びた美声がメロディアスに胸に響く作品。静かなピアノや優美なストリングス、温かなアコースティックギターで彩られたサウンドの全てがマディソン・ビアー嬢のしなやかで深みのある歌声を極限までに引き立たせている。いつの時代の音楽でも歌の力は普遍的であり続けるが故に、サウンドメイキングの多様化が進んだ現代だからこそ本作のような音楽はストレートに響くものがある。

 

24. The Rolling Stones / Hackney Diamonds

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イギリス・ロンドン出身のロックバンド、活動期間60年以上にも及ぶ歴史を誇る大御所による最新作。自分はストーンズの全作品を聴いたわけではないが、少なくとも76年の"Black and Blue"以降で最も会心の出来になったと思う。とは言ってもその頃とサウンド自体の大まかな変遷は無い。ブルースがあり、ソウルがあり、ディスコがあり、ゴスペルがあり、ロックンロールがある。それはストーンズを構成する王道要素の何物でもない。しかし、この溢れんばかりのバイタリティとリビドーはなんだ。結成60年、ミックもキースもロンもヨボヨボのお爺ちゃんで声は嗄れ、ギターを持つ手すら覚束ないはずであるのに、ミックの歌声はかつて以上にパワフルに響き、キースとロンのギタープレイは微塵の衰えもない。ロックンロールは鳴り止まないものというクリシェを用いるまでもなく、彼らはその変わらぬスタイルと枯れ果てる事を知らない突き抜けた衝動でもってロック界の生きる希望であり続けている。

 

23. betcover!! / 馬

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東京出身の柳瀬二郎によるソロプロジェクト、betcover!!の5thアルバム。前作 "卵" の前日譚という位置付けで制作された本作は基本的な音楽スタイルは卵の延長線上にある。ノイズロック、ジャズロックプログレ昭和歌謡を予測不可能な勢いで疾走する即興的な演奏に、強烈な毒気とムンムンとした色気を振り翳しながら独特なムードを醸し出すボーカル。昭和の歌謡スターがレトロなブラウン管越しにそのまま現代に舞い降りたかのような佇まいを見せる柳瀬の歌はアクの強さを伴いながらこれまで以上に胸に響いてくるし、相変わらずいまいちパッとしない録音の微妙さも逆に歌の強烈な味わいを浮かび上がらせる結果になっていると思う。エロとギャグと狂気とセンチメンタルが渾然に渦巻く歌詞世界も読み応えがあって魅力的。

 

22. スピッツ / ひみつスタジオ

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デビュー30年以上のベテランロックバンド、スピッツの4年ぶり17thアルバム。コロナ禍以降初のアルバムとなる本作は、奪われた熱狂、奪われた連帯、奪われた自由、そして奪われた当たり前の日常を取り戻すかのようにロックンロールを4人で演奏出来ることの歓喜が若々しさを伴って爆発している。メンバー全員が交互にボーカルを取る「オバケのロックバンド」、打ち鳴らされる全ての音が巡り会えた喜びに満ちている「めぐりめぐって」など、それらの曲全てが鬱屈とした感情を拭い去るように、ありきたりだけどしかし大切なモノを優しく手の平に収めるように、ロックンロールは鳴り止まないものだと彼らは飾らず表現している。

 

21. 100 gecs / 10,000 gecs

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アメリカ・ミズーリ出身のハイパーポップデュオによる2nd。スカ/ポップパンクからヒップホップ、ゲーム音楽に加えて「Billy Knows Jamie」で見られるようなニューメタルのエレメントも合流し、その音楽性の自由闊達ぶりはさらに加速。ハイパーポップというフィールドで可能な範囲全てを暴食してやろうかというフリーダムっぷりが微笑ましい。

 

20. People In The Box / Camera Obscura 

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福岡で結成されたスリーピースロックバンドの8thアルバム。ポストロック、マスロック、グランジプログレなどの多様な要素がただ羅列するままに展開されるのではなく、自らのグルーヴ表現として強固に血肉化の成された腰の据わったサウンドだなと初めて聴いた時に思った。ほぼ全ての楽曲が変則的かつ不規則なリズムとメロディで構成されてるのに、しっかりポップスとしての味わいも残ってるのが複雑なスルメさと聴き馴染みの良さを両立してて好みです。

 

19. YAYYAY / NO EVIL

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札幌のインディーレーベル <Chameleon Label>の主宰であり、プロデューサーのShizuka Kanata、チリヌルヲワカのフロントマン・ユウ、ヴァイオリニストの須原杏、チェロ奏者の林田順平らで構成される異色のユニット。それぞれのメンバーがそれぞれの分野で活動する奇異な面妖だが、音楽性もまた独自のカオティック性を誇る。落ち着いたダウナーな気配と歌謡由来の情感豊かな表情を見せるユウのボーカル、ストリングス奏者2名による弦楽器の複雑なハーモニーと、Shizuka Kanataが手掛ける緻密なエレクトロニクスの絡み合いはインダストリアル、ポストクラシカル、オルタナティヴロック、J-POPまでを華やかに横断し、そしてどこかチェンバーロック的香りのするアレンジ含めてそれぞれの出自を自由な発想の元惜しみなく発揮している。椎名林檎Fiona Appleをプログラミング上で接合したようなサウンドの全てが俺の趣向にガッツリ突き刺さる。素晴らしい。

 

18. 崎山蒼志 / i 触れる SAD UFO

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静岡出身のシンガーソングライター。崎山蒼志の音楽性を一言で表現するのは難しい。タイトル曲「i 触れる SAD UFO」のラテン音楽を通過したシンセファンクがあり、「In Your Eyes」のシンプルで美しいフォークがあり、「プレデター」の不穏なブレイクビーツがあり、「いかれた夜」ではトライバルなリズムを刻むパーカッションにNine Inch Nailsばりのインダストリアルギターが間奏で挟まれ、「Swim」の水底に揺蕩うようなアンビエントフォークがある。それらの雑多な要素を鋭い感性とMomにも通じる自由な言語感覚で練り上げられた本作は、袋小路の暗い谷底から自死を願う「太陽よ」でシリアスに幕を閉じる。

 

17. King Gnu / THE GREATEST UNKNOWN 

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東京の4人組ロックバンドによる4thアルバム。俺はKing Gnuに対しては「白日」くらいの印象しかなくて、所謂聴かず嫌いの典型的バンドだった。しかし、本作がリリースされるとSNSでは耳の早いリスナーが挙って絶賛しているのを見て重い腰を上げて聴いてみようという気になったのだが、一聴しただけで案の定これはヤベェ…となり申した。初期椎名林檎菅野よう子ワークスなどのJ-POP/ROCKシーンのドメスティックなマキシマリズム文脈、Frank Oceanの"Blonde"やKanye West "DONDA"などの過剰を超えた先にあるブラックミュージック由来の冷たく立体的な音響感覚、そしてKing Gnu自身が磨いてきた天賦のポップネスが複合的にブレンドされた一大J-POPエンターテイメント絵巻とも言うべき様相を呈している。トラックにしても曲間の繋ぎにしても複雑なフレーズ使いにしてもこれだけアバンギャルドな要素があるのに、風通しの良いキャッチーなポップスという鋳型に完璧に落とし込むという、有象無象の音楽家が出来そうで出来ないことを日本のトップオブトップであるところの本バンドがやり退けてしまっているというのが恐ろしくもあり頼もしくもある。間違いなく日本のJ-POP史に刻まれる傑作だと思います。

 

16. cero / e o 

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東京の3人組の5thアルバム。清廉かつ豊かなハーモニーワークと緻密なエレクトロニクスが複雑な音色と共にプログレッシヴに交差する。コーラスの美しい絡みと音色の室内楽的アレンジはThe Beach Boys ”Pet Sounds”を彷彿とさせるし、ジャズフィーリングを漂わせながら冷徹なエレクトロニクスが支配するサウンドRadiohead ”Kid A”をも思わせる。しかしそれらがただ懐古的に鳴らされるのではなく、バンド自身がこれまで築いてきた豊かな音像を活かしながらポップスの持つ多角的な旨味を鋭敏に引き出しているという点において本作は紛れもなく2023年という現在地点の音楽なのだ。

 

15. 空白ごっこ / マイナスゼロ

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ボカロP2人と女性ボーカルのセツコによる3人組ユニット、その1stアルバム。空白ごっこという名の通り、描く情景にどこかもの寂しい空白を感じさせる歌詞世界、強さと儚さと繊細さが同居するセツコの歌声、ボカロ出身らしい展開の多くキャッチーな楽曲構成が特徴なグループ。悲痛さを伴いながら疾走するロックチューン「ゴウスト」、病んだ世界観が魅力的な「羽化」、儚さと痛みがエモーショナルなメロディーで包まれる「ラストストロウ」などが特にお気に入り。個人的にはYOASOBIやヨルシカより推しています。

 

14. XANVALA / NIX

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2020年に結成された5人組ヴィジュアル系バンドの2ndアルバム。何かとメタルコアやデスコアなどの過激なジャンルに進みがちな現行V系シーンの中にあって彼らはラウドな要素も持ちつつ、クリーンボイスを主体にネットリとしたV系らしい叙情的なメロディーと、ボーカル以外のメンバー全員がコンポーザーを担当できる楽曲の幅広さが魅力なバンド。“現実に負けたヒーロー 自分さえ救えないまま なんで大人になってしまうんだろう“と切実に歌う悲壮感とは対照的に弾けるようなメロディーが際立つ「変身」、エレクトロなインスト曲「NIGHT FOR US IS COMING」からそのままアニソン的な疾走感のある「JOKE」へと繋ぎ、最後には20年代におけるROSIERと最早言ってしまえる特大アンセムのタイトル曲「NIX」を配置。90年代ヴィジュアル系バンド群の暴食的オルタナ性と00年代以降のthe gazettEDIR EN GREYを筆頭とするラウド成分が最新の感性によってブレンドされた傑作。THE MADNAと共に新世代ヴィジュアル系シーンの旗頭となって牽引してほしい。

 

13. Narrow Head / Moments of Clarity

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アメリカ・テキサス出身の4人組3rdアルバム。シューゲイザーグランジの中間をインディーロックの地点から結んだような強烈かつノスタルジーをくすぐるサウンドが特徴。ParannoulやJane Removerがエレクトロニカを介したポストシューゲイズとも言うべき音像を今年の新作で提示したわけですが、Narrow Headはどちらかと言うとDIIV〜Nothingらに連なる真っ当かつ斬新な90s的シューゲイザーの最良バージョンと言った感触を覚えました。DeftonesやThe Smashing Pumpkins好きにも超オススメです。

 

12. THE NOVEMBERS / The Novembers

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東京拠点の4人組による9thアルバム。1stEP以来の2枚目となるセルフタイトルを冠した本作は、初期から中期にかけてのシューゲイザーやノイズロックを中心としたオルタナギターロック的アプローチに、2019年の"Angels"以降模索していたインダストリアルやシンセポップを吸収した電子音響的アプローチ、その両者が如実に結実を見せた集大成であり、俺は今作をキャリア最高傑作と胸を張って言ってしまいたい。過去作品の要素をパズルのように組み合わせただけでなく、「November」や「Cashmere」で見られるような何処かエキゾチック風のリズムアプローチは完全にバンドの新境地を開いている。そして今作は圧倒的に歌とメロディーが素晴らしく、緻密に計算され尽くしたサウンドデザインの全てがあくまでも歌を中心に引き立たせていて、小林祐介のメロディーメーカーとしての素質が今まで以上に完全開花してるのも印象的です。ロックという分野において一つのものに縛られずもっと自由に、かつ大胆に色々なものを咀嚼して良いんだという姿勢に、LUNA SEAやL'Arc〜en〜Cielなど90年代ヴィジュアル系の最も色濃いDNAを見る。

 

11. Killer Mike / MICHAEL

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EL-PとのRun the Jewelsの活動でも知られるアトランタ出身のラッパーによるソロでは11年ぶりとなる最新作。サザン・ヒップホップの伝統に根差したルーツ色に温かみのあるソウルフルなトラック、それらをKiller Mike自身の独特なアクの強いパワフルなフロウと高速ライミングによって調理された本作はヒップホップとソウルが艶やかに螺旋模様を描く美しい作品となった。スモーキーなビートに乗せて怒涛のライミングが突き刺さる「RUN」、ノスタルジーと近未来感が行き交うトラックにAndré 3000と共に滑らかなフロウを響かせる「SCIENTISTS & ENGINEERS」、Blxstとソウルフルでメロウな共演を果たす「EXIT 9」、切実な祈りが安らかで包み込むようなメロディとなって幕を閉じる「HIGH & HOLY」など全編が優れた内容。特に後半5曲の神がかり的なメロウさはいつ聴いても胸を打たれます。傑作。

 

10. Underdark / Managed Decline

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イングランドノッティンガム出身のポストブラックメタルバンドによる2ndアルバム。一面の緑豊かな草木、アスファルトの路面、人々が暮らす建造物、そして一帯に育まれた自然豊かな生命圏を、凍てつくような冷気と吹き荒ぶ猛吹雪でもって染め上げ世界は色を無くし命はその活動を停止する。そんな身も凍える極寒のサウンドスケープであります。所謂アトモスフェリックブラックメタルと呼ばれる領域なのですが、その特徴である浮遊感や幻想性ばかりに頼らない、極めて攻撃的でフィジカル強度の高いメタリックな質感(デスメタルに通じる部分も)が多分に含まれており、それら両個性が総体となってオリジナリティ溢れる永久凍土のブラックメタルが展開されている。冬の季節に暖かいパーカーを羽織ってひたすら浸っていたい作品。

 

9. quannnic / Stepdream

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アメリカ・フロリダ出身のシンガーソングライターによる2ndアルバム。前作"kenopsia"での地割れの如き轟音ノイズが空間全体に覆い被さる音響デザインを本作でも継承・拡張しつつ、アコースティックギターの温もりのある静かなフォークサウンドを取り込むことで静と動の行き交いによるカタルシスは前作以上に強固になった印象がある。今作で最も刺激的な曲「Comatose」で爆音表現は必ずしもマッチョなダイナミズムを呼び起こすものではなく、繊細さを伴って甘美なまでに美しくエモーショナルに響くものだということを知らせてくれている。my bloody valentine以降で最もこのジャンルにおけるゲームチェンジャー的な存在だと彼を位置付けているのですがどうでしょうか。まだ十代の彼がどのような道筋を辿るのか今後にも目が離せない。

 

8. Parannoul / After the Magic 

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韓国ソウルを拠点に活動するソロシューゲイズアーティスト、Parannoulの最新作。シューゲイザー/エモ/アンビエント/エレクトロニカ/ポストロックと言った膨大なジャンル語彙を胸が張り裂けるほどのエモーションに満ちた轟音サウンドで統合する。アートワークの通り吹き荒ぶ冬の風、白銀の世界、一面の雪景色と言った風景が脳裏に呼び起こされるのに、そこには寒さだけではなく確かに仄かな温もり(或いはParannoul自身の)が同時に息吹いているように感じられる。生涯に渡って大事に聴き続けていこうと思わせられる無二の傑作。

 

7. Monasteries / Ominous 

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イングランドマンチェスターを拠点に活動する新星デスコアバンドの1stアルバム。自らをエクスペリメンタル・デスコアと標榜するそのサウンドはジェントの不規則性やインダストリアルメタルの機械的ヘヴィネス、独創性の高いブレイクダウンを取り入れつつ巨大なドリルで岩盤をザクザクと砕くかのような強靭なリフで攻めまくる音は一度聴いたら頭から離れないほどのインパクトがある。攻撃性が全振りしたリフに時空を歪ませるブレイクダウンが襲いかかる「Final Note 2 You」、シューゲイザーとデスコアという水と油の組み合わせを強引な力業で完璧に融合された「Heaven Failed Us」、全編脳汁が止まらないブチギレデスコア「Alone & Against」など始まりから終わりまで休まる暇のない暴力的音塊にひたすら首を振りまくれる。それらのサウンドに効果的なスパイスを加えるボーカルの多彩なグロウル表現も素晴らしい。

 

6. world's end girlfriend / Resistance & The Blessing

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真白のキャンバスの上で古今東西の絵画の断片を切り貼りして塗り上げられた1枚の絵が音楽という意匠を纏って顕現したような、暴力的かつ荘厳なまでの祝祭感がカオスに渦巻き満ち溢れた凄まじい作品。幾重にも張り巡らされた一音一音の全てが切り崩されたパズルの上に置かれているのに、それらは天上の一手かのように極上の音楽となって完成する。音楽としての聴覚体験、脳裏に映像を喚起する映画的体験、それらが視覚情報となって目の前に現れる絵画的体験が複合的に味わえる総合芸術。2023年、或いは20年代という時代を語る時に好き嫌いはどうあれこの作品抜きでは語れないような圧倒的な説得力を持った傑作だと思います。

 

5. moreru / 呪詛告白初恋そして世界

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東京の4人組による3rdアルバム。ムカつくほどの青い空、毒にも薬にもならないポジティヴなメッセージ、希望という名の何か、滝沢ガレソ、街のイルミネーション、俺以外全員乗せたバス、俺のいないところで始まる世界、有象無象の大衆、そして「君」に対して、彼らは夥しいほどの吐瀉物を鼓膜が突き破れるほどのノイズに乗せて撒き散らす。俺はこれを聴いてると笑いが込み上げてくる。優れた音楽、ラインを大幅に突き抜けた表現というのは得てして笑いをもたらすものなのかもしれない。サウンド的には前作"山田花子"の延長上ではあるのだが、今作ではノイズばかりに頼らない抑揚に富んだ起伏、エレクトロニックなトラップビートや箸休めのインタールードの導入などでアグレッション一辺倒には陥らずより引き出しの幅が広がった印象がある。Vo.Gtの夢咲みちるはSPKThrobbing Gristleなどのインダストリアル・ノイズミュージック、Pig DestoroyerやFull of Hellなどのグラインドコアと並行して銀杏BOYZなどの青春パンクも好きだったらしく、その辺りの趣向が汚物に塗れたグロテスクと胸が張り裂けるエモーショナルが同居する今作において顕著に現れていると思う。善意には悪意が、楽しさには辛さが、癒しには痛みが、輝かしい記憶と共に悲しい記憶があるように、物事には必ず裏側が存在する。その裏側の視点からの痛ましいほどに切実な表現姿勢に自分はDIR EN GREYと共振するアティテュードを感じるのですがどうでしょうか。間違いなく聴き手を選ぶ劇薬盤ではあるが俺は最大限に支持したい。俺以外全員乗せたバスに乗り遅れた1人の人間として…

 

4. Mom / 悲しい出来事 -THE OVERKILL- 

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玉出身のシンガーソングライター・トラックメイカーによる6thアルバム。間違いなくキャリア最高傑作であり、方向性的には4作目の"終わりのカリカチュア"の完全上位互換といった感触を覚えた。アンビエントを通過したインディーフォーク、心地の良いビートにチルウェイヴ的な陶酔感、日常に入り込むノイズ。その他膨大な情報量が才気の爆発するままに展開される25曲76分という歌物語にひたすら圧倒される。エクスペリメンタルなエレメントを圧倒的なポップスキルで調理してしまう手練手管の巧みさと、ラップと歌の狭間を泳ぐように揺蕩うヴォーカリゼーション、そしてMomの書くリリックの現実と非現実のあわいをシームレスに錯綜するような言葉運びは作品を重ねるごとに洗練され鋭さを増しているように思う。昨年の春ねむり"春火燎原"やKamui"YC2.5"と合わせて聴くと2020年代という混迷極まる時代の輪郭がうっすらと浮かび上がってくる気も。

 

3. Avenade / Our Raging God Unknown to Us 

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彼らを紹介する日本語の記事が無さすぎて出身地だとか、そもそもソロなのかバンドなのかプロジェクトなのかといった詳しいバックボーンは俺自身もよく分かってないのですが、SNSの紹介で知った本作は脳天を金属製のハンマーでぶっ叩かれるほどの凄まじいほどの衝撃を齎した。ジャンルとしてはシューゲイザーグランジを基調にポストメタルやドローンメタル、ストーナーなどのヘヴィな領域を過剰に横断する音楽性が持ち味。言ってしまえばDeftonesBorisの結婚。割れるほどに歪ませたギターのドローン使いと強調された美メロが印象的な開幕曲「I Speak to Rosaries」、20年代におけるDeftonesの”Be Quiet and Drive”といった趣のある「You're Right」、スクリーモ/シューゲイザー /グランジ/アンビエントノイズが1曲の中に組曲形式となって多様な展開を見せる15分もの大曲「Separations, or the Grim in Four Acts」、静かなピアノアルペジオと穏やかなドローン音をバックに甘美なファルセットを聴かせる前半から一転して暴力的な轟音にスイッチする瞬間が最高にカタルシスを覚えるラスト「Memoir」。シューゲイザー由来の轟音美学とストーナー由来のトリップ感覚が終始荒波となって襲いかかってくるサウンドにいつ聴いてもひたすら圧倒される。近年隆盛を見せる夥しいまでのDeftonesフォロワーとは明らかに一線を画したサウンドヴィジョンを提示した怪作。

 

2. 坂本真綾 / 記憶の図書館

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—全世界の人々の記憶を管理する記憶の保管庫、「記憶の図書館」。そこで“廃棄された記憶”を回収する少年が、ほんの出来心から持ち主の窓辺に返す幾つかの記憶の箱。それを開けた瞬間、溢れ出たのはどんな音楽だった?—

坂本真綾「記憶の図書館」Special Siteより)


俺が人生で最も敬愛して止まないアーティストの1人坂本真綾による待望の4年ぶり11thアルバム。ceroくるり坂本慎太郎等の面々が参加。俺はこれを聴いて、夕凪LOOP(05年)以降で久しぶりに全曲が好きと言えるアルバムが誕生したなと思いました。ストリングスとホーンを駆使した華美な演奏に甘いメロディが際立つダンスチューン「discord」、万物の流れを神秘的な情景で描き出す「un_mute」、出会い別れの刹那を描きながらそれでも愛おしい人に出逢える喜びをメロディアスに歌うラスト「菫」など、ほぼ全編で流麗なストリングスを導入したシックで艶やかな演奏が真綾さんの持つ深みと繊細さ、スウィートかつビター、力強さと透明感が同居する多彩かつ極上の歌声と最高の相互作用を発揮している。声優、アーティスト、作家、女優、そして一児の母となった坂本真綾。今後もその美しい表現活動の軌跡を陰ながら見守っています。健康には気を付けて。

 

1. BUCK-TICK / 異空

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今日もニュースは異なる空の国の戦禍を伝える。戦闘機、ミサイル、空爆。煉瓦のごとく積み重ねられた何かの残骸。死。一握りの微かな希望さえ粉々に踏み躙られる世界で、それでも君は愛を唄う───


群馬出身のロックバンドBUCK-TICKによる約3年ぶりとなった24thアルバム。「極東より愛を込めて」「ゲルニカの夜」などを参照にするまでもなく、BUCK-TICKは一貫して反戦のアティテュードを作品で表現(全てのアルバムがそうであるわけではない)してきたバンドだ。悲しい響きを湛えた優美なストリングスを背景に、戦火の只中に分断された恋人同士の叶わぬ逢瀬を描く「さよならシェルター」、戦場に旅立つ父に”行かないで 殺されちゃう”と子供視点から歌う悲痛さとは対照的な朗らかな演奏が哀しみを増幅させる「Companella 花束を君に」、意志を持った戦闘機視点で描かれる「太陽とイカロス」など、いずれの曲においても夥しいほどに戦争の匂いが充満している。常に現実を捉え続けてきたバンドだからこそ、これらの曲は空想のものではなく痛ましいほどのリアリティを伴ってこの胸に響いてくる。ゴシックロック・インダストリアルロック・グラムロック・歌謡とこれまでのB-Tを構成していたサウンドの諸要素が更に深みを持って洗練された充実作であり、まだBUCK-TICKを聴いたことのない人もこの作品から入って良いと自信を持って言えます。フロントマン櫻井敦司の急逝により、5人がいつまでも音楽を鳴らし続ける夢は叶わなくなったが、BUCK-TICKはまだまだこれからも続いていくし新たな傑作を生み出し続けていくことだろう。走り続けるB-T TRAINに、俺は最後まで付いていきたい。

2022年 年間ベストアルバムトップ20

 

はじめに

どうも初めまして雨宮と申します。ブログにこうして記事を書くのは初めてなので至らぬ点は多々あると思いますが、大目に見ていただければ幸いです。まだ12月は始まったばかりで、思わぬ傑作が今後リリースされる可能性もありますがここは一足早く、今年の特にお気に入りのアルバム全20作品をコメント付きで書いてみました。それでは早速見ていきましょう。

 

20位 Quadeca / I Didn't Mean to Haunt You

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フォークトロニカ、エモラップ、アートポップ、アンビエント、インダストリアル等の諸要素を密室空間で練り上げたようなプロダクションが印象的なアルバム。まだ22歳というのが末恐ろしいですね…。

 

19位 Kaitlyn Aurelia Smith / Let's Turn It Into Sound

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全体通して非常にエクスペリメンタルな電子音楽なんだけれども、そこはリスナーを遠ざけ過ぎない程度にポップな味わいも確かにあって、そこの絶妙な塩梅が良いと思いました。

 

18位 Thornhill / Heroine

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近年のメタルシーンにおいて絶大な存在感とリスペクトを集める存在、Deftones。ThornhillもまたDetones直系の轟音美学要素を至る所に感じるわけですが、彼らはスクリームをそこまで多用せずほぼ全編がクリーン主体なのはフレッシュさを感じます。Loatheと共に今後規模がデカくなってほしいバンド。

 

17位 The Weeknd / Dawn FM

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今年の最初の衝撃は間違いなくこの作品。どこか懐かしい感じのする80sの雰囲気を湛えたラジオ仕立てのコンセプトアルバム。ウィークエンドの伸びやかで美しい声とダンサブルなシンセの化学反応は見事。

 

16位 AURORA / The Gods We Can Touch

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ノルウェーのポップシンガーによる通算3枚目。北欧の冷気に当てられながら、身体の上に優しく毛布を被せてくれるような、そんな温かい気持ちにこれを聴くとなります。フォークやエレクトロ、アンビエントなどの要素をキュートなポップに纏めた作品。

 

15位 Sam Prekop and John McEntire / Sons Of

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愛くるしさ満点の2匹の黒猫ジャケットが印象的な1枚。リスニング・テクノとしてとても上質で聴き心地が最高なアルバム。夜に聴いてリラックスしたい。

 

14位 宇多田ヒカル / BADモード

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これだけのビッグネームなのにこのアルバムを聴くまで宇多田ヒカルを通ってなかったのが恥ずかしいのですが、これは噂に違わぬ大変な傑作だと思いましたね。前半も中盤も聴き逃せないんですけど、特に本編ラストの「Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー」は音の緻密な作り込みからメロディから何から何まで素晴らしく、アルバムの流れ全てがこの曲を聴かせるための過程なんだと思わされます。

 

13位 Show Me The Body / Trouble The Water

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スラッジメタル、インダストリアル、ハードコア・パンク、ヒップホップ等の要素が混在したUSハードコアバンド。本当に今年思うのはジャンルの垣根を容易くぶち壊してしまうような、カテゴライズ不可能のアルバムが続出したと思うんですが今作もそれらに連なる痛快な1枚。

 

12位 Beth Orton / Weather Alive

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街や人混みの喧騒から遠く離れた所で鳴らされる寂寞感を湛えた美しいサウンド。個人的にこれを聴いててDavid Bowieの遺作であり傑作『Blackstar』を彷彿とさせました。

 

11位 藤井風 / LOVE ALL SERVE ALL

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今やもう飛ぶ鳥を落とす勢いで世界的にも知名度を上げつつある藤井風。とにかく彼は複雑そうな素材を極上なポップスにいとも容易く調理してしまうんですよね。そして歌詞の面でも死に対する達観した目線だとかは本当に自分と同じくらいの年代かと疑ってしまうほどです笑。今後もますます活躍が楽しみな才能溢れるアーティスト。

 

10位 ASPIDISTRAFLY / Alter of Dreams

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シンガポール発の男女デュオ。ボーカルApril Leeの美しい声色を生かした極上のアンビエントポップアルバム。コロナ禍以降の音楽には「心・魂を癒す」という役割が登場したように思うのですが、今作はそんな印象を僕に与えます。魂の癒しとしてのヒーリングミュージック。

 

9位 Working Men's Club / Fear Fear

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これぞUK!という趣のある1枚。ダークでインダストリアルなシンセポップは現代のDpeche Modeのような貫禄があります。しかしUKの音楽シーンは若手でありながら実力を兼ね備えるポストパンクバンドがどんどん雪崩れ込んで来ますねー。

 

8位 Bloodywood / Rakshak

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インド版LINKIN PARK、インド版SLIPKNOT、インド版BRING ME THE HORIZNなどの形容が思い浮かぶインド産メタルバンドの1st。全体的にニューメタル色が強いんですけどあらゆるセクションにインド的ニュアンスを塗してとても独自性のあるカッコイイメタルアルバムに仕上がってます。今年のフジロックにも参加してましたね。

 

7位 bonobos / .jp

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恥ずかしくもこのアルバムを聴くまではこのバンドの事を知らなかったのですが、これを聴いて衝撃を受けた。とにかくここで鳴らされるあらゆる音が未知の快感があり新鮮な刺激を齎してくれる。ロックというものはまだ枯渇しておらずまだまだ未知の可能性に溢れているという事を思い知らされた作品です。今作を持ってbonobosは解散してしまうようでこれがラストアルバムになってしまうのが本当に残念…。

 

6位 JOHNNASCUS / Sitting At the End of the World

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Death Grips + Slipknotの悪魔融合みたいなサウンドにハイパーポップ的文脈も乗っかったラウドでハードコアでデジタルなヒップホップの傑作だと思います。自分はこういう異常なビートのヒップホップに弱い。

 

5位 春ねむり / 春火燎原

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エレクトロニカやハードコア、アンビエントなどの多種多様なジャンルのトラックに魂から発せられたかの如き強烈な響きを湛えた情感たっぷりな歌が全21曲62分によって繰り広げられる壮大な歌の旅路。椎名林檎Coccoなどが好きな人にもオススメです。

 

4位 syrup16g / Les Misé blue

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個人的には傑作『COPY』に引けを取らないアルバムだなという印象を持ちました。乾いたオルタナティブサウンドに鬱屈とした歌詞という昔からの表現スタイルを更に洗練し深化させた快作。生きていく上であらゆるものが欠落したどうしようもない俺が、それでも生きていいんだという諦めにも似た希望のような何か。僕が最初にこれを聴いて思ったのは五十嵐隆という人間に対するただ「ありがとう」の一言だった。

 

3位 THE SPELLBOUND / THE SPELLBOUND

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THE NOVEMBERS林祐介BOOM BOOM SATELLITES中野雅之によるユニットの1st。EDM、ブレイクコアグリッチポップ、アートロック等を飲み込んだ中野雅之手掛ける多様なトラックに、近年表現者として凄みを増しつつある小林祐介の伸びやかなハイトーンヴォイスが美しい協奏を奏でる。今後も長い付き合いになりそうなアルバムです。

 

2位 DIR EN GREY / PHALARIS

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「痛み」を表現におけるテーマとして掲げるヴィジュアル系の大御所バンド、その最新作。宗教色が強く美メロが強調される等の共通項で過去の作品で1番想起したのは『ARCHE』なんだけど、そこに『UROBOROS』や『DUM SPIRO SPERO』期のようなエクストリームかつアバンギャルドな音像を今のDIR EN GREYで接続してみせたような味わいがあって素晴らしいです。あと京さんの歌詩は昔に比べるとグロテスクな表現が減って、聴き手を優しく包み込むような優しさが至る所に滲み出て来た気がするのですがどうでしょうか。これだけの活動歴でも停滞とは無縁の創作姿勢は僕の崇拝するBUCK-TICKと重なる所もあります。

 

1位 black midi / Hellfire

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UKサウス・ロンドンの3ピースロックバンドの3rdアルバム。プログレッシブロック、マスロック、ポストパンク、ノイズロック、フリージャズ、フォーク、ヒップホップ等様々なジャンルを無節操とも言える姿勢で取り込み、それを僅か10曲40分足らずで聴かせてしまうのは恐ろしい才能だと言える。2022年の音楽をこうして見渡してみると、一つのジャンルのみでアーティストを語るのは最早不可能に近く、ジャンル間を軽々と横断していく傑作が多かったように思う。black midi『Hellfire』はそうした手法を最も僕の理想的な形で表現したアルバムかつリピート数が今年の新譜で断トツなのもあって年間ベスト1位はこの作品以外考えられませんでした。